はじめに

東京大学で講師をしている松井と申します。 Microsoft Research Internship アルムナイ Advent Calendar 2020の13日目を担当します。 誘っていただいたPFN樋口さん、MS鎌倉さん、ありがとうございます!

私は博士課程1年(2013)の夏に北京のMicrosoft Research Asiaにて3か月半、博士課程2年(2014)の春~夏にレドモンドのMicrosoft Researchにて3か月半、研究インターンに行きました。今年のadvent calendarの執筆者では五日目の欅さんがMSRAインターンの同期で、初日の樋口さん二日目の落合君三日目の平井君六日目の原さんがMSRインターンの同期です。

この二回のインターンは、私の人生にとって決定的に重要な経験になりました。研究はもちろんのこと、異なる文化の人々と交流することで自分の価値観が大きく変容しました。 MSRA/MSRの仕組みやエントリー方法については既に他の執筆者の方々が非常に詳しく説明されているので、 本記事では、自分にとってインパクトが大きかった、個人的な経験を書いてみようと思います。

Microsoft Resesarch Asia (MSRA)

メンターの白鳥さんと
CVチーム

私にとってのMSRAは、メンターの白鳥さんとの研究ディスカッションの日々でした。 「青空ミーティング」と呼んでいたのですが、2人で建物を出て研究議論を行い、席に戻って実装し評価する、という反復を毎日繰り返しました。 この三か月半は、私の人生で最も集中し、最も時間を使って研究に取り組んだ日々です。人生で初めて積み論文が0になるという経験もしました。 インターンという期間は、普段と違う環境で雑用から離れて研究に集中し、かつメンターを独占できる、贅沢な時間だったなと今になって思います。

白鳥さんから学んだ最も重要なことは諦めない姿勢です。 インターンに行く前は、自分はMSRAインターンに行ったらすごい進捗が出てトップ会議に通せるんだろうとぼんやり思っていましたが、 現実は甘くありませんでした。何をやってもうまくいかない状態がずっと続き、 インターンが終わるころにも全く成果がありませんでした。しかし、白鳥さんは一切諦めず、 「オッ、それじゃ次はXXをやってみよか~」と平常運転だったことが忘れられません。 プロは何があっても諦めず、平常運転なんだなという強い印象を持ちました。 このインターンの研究はその後なんとか投稿までこぎつけるも、二度リジェクトを受け、三度目でトップジャーナル採録となりました。 この「常に平常運転。諦めない」という姿勢が、MSRAで学んだ、研究に関する最も大きな財産です。 私は大学教員として、この白鳥マインドを自分の学生にも伝えていきたいと思っています。

一方で、上で述べた内容に反するかもしれないですが、研究が最終的にペーパーにならなくても落ち込む必要はないです。 ある程度のクオリティがあれば、論文が受かるかどうかは運だと思います。 MSRAの周りの人を見ていても、半分の人はペーパーにならずに終わっていました。MSRAから大量に良い論文が出ているように見えるのは、 その裏には大量にリジェクトされた論文があるだけ、だと思います(なので組織としてプレゼンスを上げるには投稿本数を増やすしかないです)

ちなみに私は当時、MSRAインターンという、言い訳ができない最高の環境でも成果が出ないことに焦りきっており、 毎週五道口という駅でハンター試験会場のようなビル地下の奥地にある、北京で唯一(?)の日本漫画喫茶のB3というお店に 毎週末通い、3週間遅れで届くジャンプを読んで研を回復していたことを思い出します。 こういう風に回復ポイントを作っておくのは重要じゃないかなと思います。 この漫画喫茶、次に北京に行くことがあれば絶対行きたいと思っていたのですが、閉店してしまったらしく残念です。

上の右側の写真はComputer Visionチームの同期の友人たちです。 右のジンユー、真ん中のジージョは、白鳥さんチームの友人でした。彼らとはよくコンピュータビジョン談義をしました(上の写真を貼っただけで懐かしすぎて泣いてしまう) 一番左のヨンジュンは韓国からのインターンで、お互い中国では外国人ということで非常に仲良くなりました。 彼は本当に親切で、今でも密な交流が続いています。最近ヨンセイ大学のAssistant Professorになりました。

また、自分がいた当時は日本人リサーチャーの方が多数おられ、本当にお世話になりました。 同じコンピュータビジョン分野の松下先生(現阪大)には、この当時だけでなく、今に至るまでずっとお世話になっています。 松下先生はCV分野のトップ会議であるCVPRの論文数百本を全て読んでいた時期があるらしく、そんなことが可能なのか?? と思った記憶があります。 HCIの矢谷先生(現東大)は剃刀のように鋭い研究者でした。 自分は今年から矢谷先生と同じ学科で働くこととなり、楽しみでなりません。 荒瀬先生(現阪大)とは、予算の発表会などで今でもお会いする機会が多いです。 荒瀬先生は今でもバリバリでファーストオーサーで論文を書いておられ、自分もそうありたいと強く感じています。

日本人インターン同期
同じフロアのメンバー

左は日本人インターン同期です。詳しくは欅さんの記事をご参照ください。 蜂須さんと山本君とはよくご飯にいきました。特に欅さんはインターン中はもとより帰国後のコミュニティの維持にも尽力される、頼れる先輩でした。 自分の前後のインターンのつながりが今でも強いのは、欅さんのおかげです。

右は同じフロアのメンバーです。思い出深いのは一番左のHPというあだ名の台湾の友人です。 台湾とメインランドチャイナの関係(どこが違ってどこが共通なのか)など、学ぶことが多かったです。 自分は日本の周りの国々についても何も知らないんだなと痛感しました。 彼もまた台湾の大学の教員となりました。 また、自分の横にいるアイモンとパールという女性のインターン友人は、ネイティブレベルの英語を喋りました。 日本と中国の学生の英語力の差は、恐ろしいほどにあることを実感しました。

ルームメイトと友人
中国式のマージャン

左がルームメイトだったハンジュンたちです。この3人は当時学部生で、のちに全員アメリカの大学院に進学し、 全員トップ企業で働いています。中国の学部生はMSRAインターンなどで業績をため、アメリカ大学院に進学するというのが ひとつのプロセスになっていることを知りました。

右側は中国麻雀を体験しているところです。私は麻雀が好きなのでどうしても中国麻雀を打ってみたいと周りの友人に 頼み続けたところ、ゲームセンターのようなところに連れて行ってもらって打つことが出来ました。 見てわかる通り、中国麻雀では河に牌を捨てるときに並べないのが特徴です。 自分はもちろんダンラスでした。

いろいろと研究や友人について書きましたが、学生という身分で、色々な国の同年代の友人を持つことが出来たことは財産になりました。 特に、以下の学びがありました。

  • 中国ではマジョリティは当然中国学生なので、自分や韓国友人が「インターナショナルグループ」というジャンルにまとめられたのは新鮮でした。それどころか、ヨーロッパの学生も「インターナショナル系」としてひとくくりになることもありました。自分がマイノリティになって初めて、自分はこれまで日本でマジョリティだったということ意識した気がします。
  • 文化や価値観が国によって違うことを体感しました。例えば日本以外の東アジアの学生はみな旧正月を重要視します。日本人にとって悲しい日が東アジアの学生にとっては大祝日であることを知りました。このへんの肌感覚を学生のうちに味わい、それでいて多くの友人を作ることが出来たことは幸運でした。
  • 知り合った友人はみんな自国のプロフェッサーか、Google/FBのようなトップテック企業か、スタートアップに行きました。よって、インターンで作るコネクションは圧倒的な財産になります。インターンを終えてから5年以上たった今、改めてそれを実感します。
  • 英語に対する意識は変わりました。日本のトップ学生の平均英語力と中国のトップ学生の平均を比べた場合、100倍ぐらい差があります。英語を勉強しないとダメです。中国の学部生はみんな恐ろしく勉強してアメリカの大学院を目指します。駅には「美国(アメリカ)留学のためのXXX」のような広告がいたるところに貼ってありました。それが良いかどうかはともかく、世界に目を向けています。東京の地下鉄では「(日本国内のいい大学)を目指そう」という自国で完結する広告しかないので、ここには差があります。私は日本の大学教員として、海外に学生を送り出し、また海外からも受け入れることを、進めていきます。
  • 色々な国の友人から、本当に親切にしてもらいました。だから、自分も日本で困っている外国の方に親切にします。

Microsoft Research (MSR)

MSRAでのインターンの翌年、アメリカのレドモンドにあるMSRにてインターンすることとなりました。 まず驚きだったのは隣の席が日本からのインターンの樋口さんだったということです。 樋口さんは自分の出身地である石川県にて大学時代を過ごされており、 北陸新幹線や金工大近くのカメレオンクラブの話を金沢弁でよくしました。 樋口さんとはその後同じ職場で働くことになったりして、自分にとって「一番本音を言える先輩」の一人となります。

Multimedia, Interaction, and Communication Group
同期のインターン生

左の画像が、私が所属していたMultimedia, Interaction, and Communication Groupです。 このチームリーダーであるゼンユー(後ろの列、左から2人目)は、カメラキャリブレーションという概念を作った方で、論文一本で世界の技術を進展させた、本物中の本物の研究者です。 上述のMSRAにて松下先生が「研究者は、ある分野といえばそいつだ、と言われるようにならなければならない。例えばキャリブレーションといえばゼンユーでしょ。」というように比喩にあげられていた、そういう研究者です。 自分の一つの目標はゼンユーレベルのように「Xという分野=松井」と言えるものを作りだすことです(長く険しい道ですが)。 右上がメンターのインペンです。最後のデモデーの前に樋口さん含め三人で泊りがけで実装していたのが良い思い出です。 右下が樋口さん、左下が同期のタムとアーマッドです。彼らとは日夜議論をした戦友という感があります。。。 タムはニュージーランドでアシスタンプロフェッサーになり、アーマッドはスタートアップでテクニカルリードをしています。

右の画像は同期インターン生です。特に真ん中のエリックとは住んでいた建物が近く、キャンパスとの行き帰りでよく一緒になりました。 MSRでの英語力は、このエリックとのフリートークで鍛えられました。 一つ象徴的なエピソードがあります。インターンを始めたころ、エリックとその左のジョンと一緒にゴジラの映画を見に行きました。 その帰り道、二人は「バーニングマン(アメリカで行われる奇祭)」の話をしていたのですが、自分は英語が全然わからずにゴジラの感想でバーニングとか言ってるのか?とずっと思っていました。 ですがどうにも会話が全然わからないので、家に帰って調べて全然別のことを喋っていたとわかりました。 このとき、自分はMSRAに行って英語力は多少上がったと思っていたのですが、ネイティブ同士のフリートークには当然全然ついていけないんだなあと痛感しました。 このエリックとの毎日の行きかえりの雑談は研究議論よりずっと難しく、そして英語の勉強になりました。

同期のインターン生
同期のインターン生

上の左図も同期のインターン生です。これはいい写真なのでみんな使ってます。 一番左の落合君は修士課程の同期で、同時期にインターンということになりました。 落合君と樋口さんは同じ研究室なので、このへんは世界は狭いなと感じます。 ちなみに上の図はカレンダーの三日目で平井君が自分(真ん中の白いシャツ)をコラで張り付けたものです。自然すぎて誰も気付いていないので指摘しておきます。

上の右の図の左におられるのが原さんと佐野さんです。このお二方はそれぞれシンガポール、アメリカでassistant professorになられました。 キャリアの構築やラボの運営など、多くのところについて参考にさせていただいています。 将来コラボして、自分のところの学生を送り込んだり出来ないか?と勝手に妄想してます。

シアトル野球観戦
ワールドカップ観戦

左は平井君に連れて行ってもらった野球観戦です。レドモンドはシアトルの近くなので、シアトルマリナーズのメインスタジアムがあります。確か日本人対決で、岩隈が投げていたと思います。 自分は野球は全然わからないのですが豪華な試合でした。平井君に感謝です。

右側は、パブリックビューイングでサッカーワールドカップを見ているところです。 ちょうどこのころ2014のワールドカップがあり、 日本戦を見ました。このときはMSに勤めている日本の方も集まって一緒に応援していました。 余談ですが、私はこの8年前のワールドカップのころは浪人生でした。 東京に浪人に出てきて、部屋にテレビもパソコンも無い河合塾の寮の食堂の、普段NHKしか映さない小さなブラウン管のテレビで、恩赦の扱いで流れていたワールドカップを 見ていました。8年たって、世界最高の研究所のパブリックビューイングでワールドカップを見ているんだなあとしみじみしたことを思い出します。 もしこの記事を読んでいる受験生や浪人生(いるのか?)がいれば、今やっている苦しい勉強は絶対に間違いではないので、信じて続けていってほしいと思います。

MSRでの研究は製品に関わる開発よりの話で、結局一切情報を公開できたなかったことが残念でした。 しかし、ここで出来た人脈や、短期間ながら英語圏で過ごした生活はかけがえのないものとなりました。

最後に

私からの経験談は以上になります。海外研究インターンから得られる経験は計り知れないので、チャンスがあれば是非チャレンジすることをオススメします。 最後にいくつかアドバイスです。

  • インターンに行って研究成果が出なかったとしても、落ち込む必要はないです。それはただの運です。次の投稿で頑張りましょう。
  • 海外には可能であれば後ろ盾が無い状態でいくと良いと思います。会社に入ったり、偉くなってからいくと、相手が気を遣ったり、お客様扱いの状況になると思います。インターンのように後ろ盾が無い状態でサバイブするほうが経験値が得られると思います。
  • インターンに行ってくるとこのような経験談記事を書かないかとよく頼まれるので、友達と仲良く楽しんでいる写真をたくさん撮っておくといいです。

最後に、全ての面でサポートして頂いたMicrosoftの公野さん、ありがとうございました。